【看病:50代①】⑮昔と同じ主治医のお願い「30代手術時と同医師」

手術をする病院が決まり、また「主治医の話」に戻りました。

気持ちにぶれはありませんでした。

 

(どうしても、夫が30代(約15年前)の時に手術をして下さった先生がいい…。)

1-⑥外科入院「勇気づけられた主治医の言葉」
『内科での検査が終わると、すぐに外科病棟に移されました。…』

 

しかし、約15年の間に「主治医をしない立場の先生」になっていました。

それでも私が諦めないので、先生(現院長、30代手術時は外科医長)は困っていました。

1-⑫手術直後「家族の様に喜んで下さる外科医長(現院長)」
『手術が始まりました。…』

 

突然、先生(現院長)がパッと笑顔になりました。
ニコニコニコニコしています。

「あっ、そうだ!」

「主治医は僕にしよう!」

「ねっ!それならいいでしょう?」

「そうだ、そうだ、そうしよう。」

とても有り難く、もったいないお話です。

 

夫も私も、この先生(現院長)が大好きです。

いつも笑顔で、側にいて下さるだけで癒されます。

この時は副院長でした。

院長に就任後も、手術には立ち会って下さいます。

私たち夫婦の心の支えです。

 

でも…
「首を横」に振りました。
なぜか声が出ません…。

 

先生(現院長)は、非常に驚いていました。

「えっー!」

「僕でもダメなのー?」

「どうしても〇〇先生(30代手術時の主治医)がいいの?」

 

なぜか声が出ません…。
「首を縦」に振りました。

 

顔をクシャクシャにして困った様子です。
もう一度聞かれました。

「僕じゃダメなの?」

 

やはり声が出ません…。
「首を縦」に振りました。

 

少し間があき、やっと声が出ました。

「世の中には、立派な先生や名医と言われる先生がいらっしゃいます。」

「でも、精神的に安定出来る病院や先生は、患者さんごとに違うと思うんです。」

「夫にとっては、30代で手術をして助かった時と「同じ病院・先生」がベストの状態だと思っています。」

 

何時間、先生(現院長)を拘束していたのでしょうか…。
飛行場に向かう時間になりました。

 

診察室を出る時、大変有り難い言葉を掛けて下さいました。

「もし、〇〇先生(30代手術時の主治医)に断られたら、その時は僕でもいい?」

 

本当にもったいないお言葉です。

 

今度は笑顔で返事をしました。
「はいっ!」

 

でも…
その後こんな言葉が出てきました…。

「でも…出来れば〇〇先生に…。」

「入院ベッドの「主治医のネーム札」に、〇〇先生の名前があると落ち着きます…。」

 

また、困った様なクシャクシャの顔をしました。
でも、笑っていました。

「どうしても彼じゃないとダメなんだね。」

 

「はい…。」

 

 

その後、主治医は希望していた先生(30代手術時の主治医)になります。

50代で何度も病気が見つかりますが、全てこの主治医が見つけて下さいます。

「見つかる」というよりも、何もない時から全身を「見張っている」かの様です。

そのため、毎回5mm位です。

そして、なぜか転移、再発はなく、毎回原発です。

 

「亡くなった義母の言葉」を思い出しました。

『50歳になったら必ず2つの事をしなさい。

①2年に1回脳ドックを受ける事(会社の健康診断に無い、脳は手術が難しい)

②体を一度全部綺麗にする事(50歳になったら悪い物が全部出てくる)

 

二人が50歳になるのは今から20年後。

日本の医療は進歩して治療法は沢山あると思う。

 

①まず、「この病院」というのを1つ決めなさい。

②そして、「この先生」という人を1人決めなさい。

③治療法は「二人で」よく話し合って決めなさい。

④もし、治療法に迷ったら「先生の言うとおり」にしなさい。

そうしたら、70歳になっても80歳になっても二人で一緒にいられるから。』

1-②義母からの教え「50歳になったらする事」
『義母は生前、何度も何度も同じ話を私にしていました。…』

 

「亡くなった義母」が、この「病院・先生」を引き合わせてくれたのかもしれません。