夫の斜め前のベッドに、同年代と思われる50代前半位の男性患者さんが入院してきました。
その男性が、私の事をじっと見ている事に気が付きました。
その男性のベッドは、いつもカーテンが閉まっているため、顔はわかりません。
お見舞いに来る奥様との小さな話し声だけが聞こえていました。
ある日、夫と入院病棟のラウンジでお茶を飲んでいました。
横から視線を感じます。
その男性がじっと見ています。
見ているというより、睨んでいるかの様でした。
その時は誰かわかりませんでした。
部屋に戻る時、後ろからついてきました。
同じ部屋でした。
斜め前のベッドの方でした。
(私の事を見ていた…)
(というか、睨んでいた…)
(絶対、睨んでいた…)
その日から気になり始めました。
私たちがラウンジに行くと、必ずと言っていいほど後ろからついてきます。
そして、やはりじっと私を見ています。
夫ではなく、確実に私です。
(やっぱり、見られている…)
(毎日来ているから…?)
(私がいると落ち着かないのかしら…)
そして、理由がわかりました。
その日は、その男性の奥様もいました。
コンビニに用事があり、私一人で部屋を出ました。
後ろから奥様が走って来て、声を掛けられました。
「ちょっといいですか?」
奥様は涙目で話し始めました。
「旦那さん、何度も入院や手術をされているんですね。」
「それなのに、奥さんはいつも笑顔です。」
「夫が不思議がっているんです。」
「なんで、あの奥さんは笑っていられるんだろうって。」
「心配じゃないんですか?」
私も言われて気が付きました。
確かに、心配という気持ちはありませんでした。
仕事を休まなければならないので、「可哀想…」とは思っています。
しかし、入院・手術について心配という気持ちを持った事は一度もありません。
言われて初めて気付いたので、一瞬戸惑いました。
でも、勝手に口が動いていました。
「初めての手術は30代でしたが…。」
「ずっとこの病院なんです。」
「ここにいると安心なんです。」
「不安に思った事は全くありません。」
「夫もそう言っています。」
その日から、そのご夫妻の閉まっていたカーテンが開く様になりました。
今まではヒソヒソ話でしたが、奥様の笑い声も聞こえる様になりました。
抗がん剤の薬が効いてきたある日のこと。
夫はかなり辛そうでした。
「気持ち悪い…。」
「船に酔った様…。」
その様子を見ていたご夫妻が声を掛けて下さいました。
「大丈夫ですか?」
「うちは明日から始まるんです。」
「頑張って下さい!」
「自分の時も頑張りますので!」
逆に励まされました…。
ご主人様は笑顔でした。
夫は笑っていました。
やはり4人部屋にして良かったです。