1回目(3月)の抗がん剤治療が終わり、退院した頃から髪がパラパラと抜け始めました。
半年間の予定でしたので、夏用の「医療用帽子」を購入しました。
夫の精神面が心配でした。
(恐らく、2回目の抗がん剤治療が終わる「4月中旬頃」は、髪がすっかり抜けているはず…。)
4月は会議の多い月です。
退院予定の翌日には、外部での会議と夜は懇親会。
週末には、全国の所長が一堂に会する「年1回の全国所長会議」。
その後も、「外部機関との会合」、「各種委員会」、「夜の会合」など、スケジュールで手帳はびっしり。
その時は、「医療用帽子」を被っています。
まわりの視線が気になるはず。
せめて、3月中に「医療用帽子」に慣れてもらわなければ…。
そして、退院。
退院日、帰宅後吐いていました。
翌日から出勤…。
とても心配でした。
翌朝、出掛ける時、夫は鏡の中の自分をじっと見ていました。
スーツと「医療用帽子」の姿…。
厳しい顔をしながら、黙ってネクタイを締め直していました。
当時、銀婚式を迎えたばかりでした。
結婚して25年も一緒にいます。
話さなくても、夫が何を考えているかわかります。
体調が悪いのは、「薬」のせいだけではない…。
精神面に響いているのは、「髪が無い」こと…。
そして、スーツと「医療用帽子」の姿…。
心配なので、途中まで一緒に行きました。
駅の階段を上るのも辛そう。
ホームのベンチで休みました。
夫はハンカチを口に当て、下を向いていました。
私は、目の前の大きな看板を見ていました。
頭の中はからっぽでした。
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この日、私もピンクの帽子を被りました。
普通のつばのある帽子ですが、二人で帽子を被ったら目立たないと思いました。
夫は、電車の中で出入り口のドア近くに立ちました。
他の乗客に背を向けて、身をかがめる様にして静かに立っています。
「医療用帽子」の姿を見られたくないのでしょう。
しかし、夫は身長が180㎝以上あります。
だから、身をかがめても小さくなりません。
私は、夫の後ろにぴったりくっつきました。
すぐ後ろにいますが、夫にメールをしました。
“まわりの人は誰も見ていません”
“医療用帽子の事、誰も気にならない様ですよ”
夫の背中をトントンと叩きました。
送ったメールを見てもらいました。
夫はメールを読んだら、また目を閉じてしまいました。
またメールを送りました。
“同じ様な帽子を被っている人は他にもいます”
“デザインが普通の帽子だからだと思います”
“誰も医療用帽子だと気が付いていません”
また、夫の背中をトントンと叩きました。
送ったメールを見てもらいました。
夫はメールを読んだら、また目を閉じてしまいました。
またメールを送りました。
・・・
・・・
何度も繰り返しました。
・・・
・・・
必死でした。
顔を上げてもらいたくて…。
胸を張ってもらいたくて…。
こんなに早くメールを打てる自分に驚きました。
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乗換駅に着きました。
すれ違う男性で、同じ様な帽子を被っている人が多い事に気が付きました。
夫は黒ですが、皆さんはカラフル。
「医療用帽子」ではないと思いますが、たまたまデザインが同じなのでしょう。
夫に話しかけました。
「同じ様な帽子の人、結構いますね。」
「おしゃれな色の人が多いですね。」
夫は黙って歩いています。
段々早歩きになりました。
私は、その後も必死で話しかけました。
「あっ、また!」
「あっ、あの人も!」
「結構、いっぱいいますね!」
しかし、夫は黙ったままでした。
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その日の午後は、エリアの所長会議。
夜は会合。
参加しないと思っていました。
昨日退院したばかりですし…。
吐いていましたし…。
帰宅するまで心配でした。
体調もそうですが、精神面も気になっていました。
でも、帰宅した夫の顔は晴れやかでした。
同期で、4月の異動で地方から東京に戻った方がいました。
その方は、夫の「医療用帽子」を見ても何も聞かず、極々普通に接して下さったそうです。
同期に久し振りに会えて嬉しかった様です。
「ありのまま」の、「本当の姿」を見てもらい、落ち着いた様でした。