【看病:50代④】⑲7月退院後「お盆での不思議な出来事」

「8月は化学療法をもうやりたくありません…。」「もう終わりにしたいです…。」と、先生にお願いしたのは7月上旬でした。

 

 

東京のお盆は7月13日~16日の4日間。

13日が迎え火、16日が送り火。

 

毎年、数日前から準備をします。

メニューも考えます。

「初日は、お茶がいいかしら…。」

「それとも、義父と義母が大好きなコーヒー…。」

 

しかし、この年はすっかり忘れていました。

私自身、精神的に弱っていたのかもしれません。

 

3月から抗がん剤治療が始まりました。

半年間と言われていました。

しかし、実際いつまで続くのかわかりません。

 

夫には言えませんが、先が見えず不安でした。

 

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7月13日は、義父の命日でもあります。

その前日、「不思議な出来事」がありました。

 

退院後は、1階で寝起きをしていました。

お盆の「前日、明け方」の出来事です。

 

玄関が開く音がしました。

誰かが家の中に入ってきます。

そして、2階に上がって行く足音。

 

寝ぼけているのかと思い、起きて座りました。

耳を澄ませました。

やはり、誰かが2階に上がっていく音がします。

 

同時に、夫と私の携帯が光り出しました。

私は、会社用と自分用の2台持っています。

計3台が、暗闇の中で光り出しました。

 

ピカッ、ピカッという点滅です。

まるで、クリスマスツリーやホタルの様で綺麗でした。

 

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退院したばかりでしたが、夫を起こしました。

夫も耳を澄ませました。

”誰かいる”と言い、起き上がりました。

 

ゴルフクラブをそれぞれ持ち、音を立てない様に2階に上がりました。

夫は、戦闘態勢でした。

一部屋、一部屋、パッと電気をつけ、ゴルフクラブを構えました。

 

でも、誰もいません…。

もう一度見ましたが、誰もいません…。

2階の電気を消して、1階に降りる事にしました。

 

…とその時、ある部屋から音がしました。

カタッという、はっきりとした音です。

義母が暮らしていた部屋でした。

 

(あっ!)

(義母がいる!)

(夫が義母に会える!)

 

義母や義父に関しては怖くありません。

色々経験をしていますので。

 

義母が暮らしていた部屋の電気をもう一度つけました。

「小さなテーブル」が倒れていました。

 

(あっー!)

(忘れてたぁー!)

(明日は、お盆の迎え火ー!)

(義父の命日ー!)

 

その「小さなテーブル」は、お盆の時に使っていました。

毎年、義母の部屋に「小さなテーブル」を置き、お茶と座布団を並べます。

「義父、義母、ご先祖様」の分です。

 

急いで「お盆の準備」をしました。

 

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もう1つ、お盆に「不思議な出来事」があります。

これは毎年なので、もう慣れました。

 

迎え火は、少しでも早くご先祖様をお迎えするため早い時間なのですが、我が家は毎年「夜11時頃」になってしまいます。

「夜11時頃」なので真っ暗です。

でも、毎年「黄色い蝶」が出て来ます。

 

毎年、夫が「麻がら」に火をつけます。

私は、誰か来ないかキョロキョロと見張り番をしています。

 

しゃがんでいる夫の後ろには「むくげの木」があります。

その「むくげの木」の周りを、「黄色い蝶」が飛んでいます。

 

玄関の明かりで、「黄色い蝶」は金色にキラキラと輝きとても綺麗です。

「むくげの木」も淡く光り、幻想的な美しさに思わず見とれてしまいます。

 

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「黄色い蝶」ですが、「義母」だと思っています。

結婚して30年以上、毎年お盆を経験しています。

「黄色い蝶」が出て来る様になったのは、義母が亡くなってからです。

 

気が付くのは、キョロキョロと見張り番をしている私です。

(あっ、今年もいる…)

(あっ、今年もいる…)

 

義母は「お盆を大切」にしていました。

その気持ちを夫が受継ぎ、「義母が喜んで舞っている」のではないかと思う様になりました。