【30代】③初めての入院「亡き義母の声」

ある日、亡くなった義母の声が聞こえました。
「〇〇(夫の名)が死ぬ!」

あまりに突然の事で驚きました。
強い雨が降る夜の出来事でした。

縁起でもないので、「聞かなかった事にしよう。」と自分自身に言い聞かせました。
しかし、その日からその声は何度も聞こえる様になりました。

「〇〇が死ぬ!」は最初だけで、その後は「死ぬ!」という二言でした。

最初は1週間に1回…。
段々3日に1回…。
そのうち毎日聞こえる様になりました。

誰かに話すと本当の事になってしまう気がして、誰にも話せませんでした。

 

<1つ目の病院・地域の救急病院>

痩せてきてはいましたが、仕事が忙しいのだろうと思っていました。
毎週末は外出する事が多かったのですが、家で横になる様になりました。

義母の声もあり、何とか病院に行く様に勧めました。

地域に、遠方よりわざわざ患者さんが集まり手術件数も多い救急病院があります。
その病院で院長先生が診て下さいました。
「腹痛・腰痛・心配なし!」

帰りの車の中で、夫は笑っています。
「大病ではなくて良かった、良かった。」

私も安心していました。
ホッとして、笑っていました。

どこかで食べて帰ろうと話をしていた時です。

突然、亡くなった義母の声がしました。
「死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!…」

その声は止まりません。
まるで、沢山の蜂が私の周りを飛んでいるかの様です。

(あっ…もしかして…)
(腹痛でも腰痛でもないのだわ…)

とっさに運転をしている夫を見ました。
今院長に「心配なし!」と言われたばかりです。
にこにこしています。

義母の声の事は言えませんでした。
(どうしよう…)
(言えない…)
(声に出したら本当の事になってしまいそう…)

 

<2つ目の病院・今後お世話になる病院>

亡くなった義母の「死ぬ!」という声は、終日聞こえる様になりました。
通勤中、仕事中、料理中も…。

地域の救急病院で院長先生に診てもらったばかりです。
夫は安心しています。

しかし、会社から帰ると毎日の様に「疲れやすい」・「だるい」と言う様になりました。
食事をしないで、すぐに寝てしまう事もありました。

ちょうどその頃、姉から姉夫婦が加入している健保組合の小冊子を貰いました。
「早期発見」・「大きな総合病院での検診」の大切さなどが書かれている頁に付箋を付けてくれていました。

夫も、がんの家系という事を気にしていた様で、真剣に読んでいました。
この小冊子がきっかけとなり、一度大きな病院で診てもらう事になりました。

 

検査の日、順番は最終でした。
誰もいない静まり返った廊下で待っていました。
夕方の廊下は暗く、冬の寒い日でした。

検査室前のソファーには私1人だけでした。

突然、1人の先生が慌てて出てきました。
目の前の別の部屋に走って入って行きました。

その部屋から数人の先生方が出てきて、バタバタと夫がいる検査室に入って行きました。

義母から「がんの家系」だと聞かされていましたので、覚悟をしました。
「とうとう来てしまった…」

しばらくして、1人の先生が出てきました。
じっと私の事を見ていましたが、ゆっくりと近付いて来ました。
現副院長です。
「奥さんですか?」
「すぐに入院の用意をして下さい。」
「今晩からです。」

やっとの思いで声が出ました。
声を絞り出すという経験を初めてしました。
「…あの…」
「…が…ん…」
「…ですか?…」

その後は声が出ませんでした。

現副院長は、頷きながらゆっくり話して下さいました。
一言一言、とても丁寧な話し方でした。
「それは…」
「これから…」
「詳しく…」
「調べて…」
「見なければわかりません…」

私を気遣いながら話して下さっているのがわかりました。
非常にゆっくりとした口調に覚悟をしました。

 

帰りのタクシーの中で、夫が一言だけ言いました。
「ごめんな…」

泣かない様に唇をかみしめて、無言で手を強く握り返しました。

この日を境に、義母の声は聞こえなくなりました。

あとで、内科の医師から「このまま放っておいたらあと1年の命だった」と言われました。

 

あれから20年以上経ちますが、夫は生きています。
掃除好きの義母が、夫の体の中を掃除してくれていたのかもしれません。
でも、手に負えなくなり私に教えてくれたのだと思っています。